2011年8月12日

自由と平和。

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★カタリナソファー(ブラック)でくつろぐ きゃらぶき の一こま。★
あなたの目には このソファー何色に見えてるでしょう。
それは モニター・グラフィックボード・os・環境光の違いで大きく変わります。

そして 撮影側は 撮影時の環境光・レンズ・カメラボディ・カメラ設定によってかわります。
さらに 撮影後のデータ現像〜書き出しで色が変わります。

つまり 元の色なんて わかるはずが無い。
現実を知らなければ、第三者にはわからない。
わかってるつもりの共感など 嘘である。


さてさて 件名から。

その恐ろしい言葉を求めている人たち。



一時的な安全をうるために永遠の自由を断念した人間は、自由も安全も受けるに値しない。

うわべのみの自由の名によって、自由を粉砕することはまったく容易である。

ある場合に自由と称せらるるものは、他の場合においては放縦と称せらる。

人間の自由を奪ったものは、暴君でも悪法でもなく、社会の習慣である。

人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である。



いろんな人の言葉あります。
曽ての○○の○○は〜
こういいました。

って いわれなくても
格言なんていくらでも 自分で作れるものだ。
自分という法律の中で。
ひとつひとつの格言は その言葉について語ったものではなく その時の状況について語ったものだ。

なので引用は 例証でなければ 意味を持たない
それは 歌でもなんでもね。

共感は勘違い。
勝手な想像で共感されても 膝を突き合わせて話をすれば ズレの大きさに気づくだろう。



さて、次の時代をつくりあげなければな。



投稿者 ほず : 07:49 | 適当につづる